「機材は買える。でも買った瞬間、通帳が軽くなる」
プロダクションやデザイン会社を辞めてフリーランスになると決めたとき、多くのクリエイターが最初にぶつかるのが機材の問題です。会社のマシンとライセンス付きのソフトで仕事をしてきた人ほど、独立と同時に一式を自分でそろえることになります。
見積もりを並べてみると、ハイスペックPCとモニターで40万円、カメラとレンズで30万円、色を追い込むためのディスプレイに10万円。貯金は150万円あるから、買えないことはありません。ただ、買った瞬間に手元は70万円を切ります。最初の請求書の入金が2ヶ月先だと分かっている状態で、その残高のまま独立初月を迎えるのは、正直こわい。
この「買えるけれど、買うと危ない」という状態をほどくのが創業融資です。手元の現金を減らさずに制作環境を整え、案件が回り始めるまでの時間を確保する。独立時に融資を使う理由は、突き詰めればこれに尽きます。
借りるお金は「設備資金」と「運転資金」に分ける
融資の申込書では、必要な資金を設備資金と運転資金の2つに分けて記入します。この線引きが資金計画の出発点になります。
設備資金は形に残るものを買うためのお金、運転資金は事業を回し続けるためのお金です。クリエイターの場合、中身はおおむね次のようになります。
| 区分 | 内訳の例 | 審査での見られ方 |
|---|---|---|
| 設備資金 | PC・モニター、カメラとレンズ、ペンタブレット、録音・照明機材、デスクとチェア、事務所の内装工事 | 見積書で金額を証明できる。返済期間を長めに設定しやすい |
| 運転資金 | ソフトウェアの年間契約料、通信費、事務所家賃、外注費、入金までのつなぎ資金、生活費 | 領収書がまだないため、必要額を自分の計算で説明する必要がある |
差がつくのは運転資金のほうです。設備資金は見積書を添えれば「たしかにこれだけ要る」と伝わりますが、運転資金は「なぜその金額なのか」を自分の言葉と数字で説明しなければなりません。
クリエイターの仕事は、納品から入金までが30日から60日、長ければ90日かかります。3月に納品した案件の報酬が5月末に振り込まれる、という状況は珍しくありません。この空白を埋めるのが運転資金です。事務所家賃・ソフトウェア利用料・通信費といった固定費に生活費を足した月額を出し、その3〜6ヶ月分を根拠つきで積み上げてください。
項目ごとの金額の目安はクリエイターの独立費用の内訳と予算の立て方で整理しているので、見積もりを作るときの下敷きに使ってください。
機材の返済期間は耐用年数に合わせる
機材の購入資金を借りるときに意識してほしいのが、返済期間と法定耐用年数のバランスです。
10万円以上の機材は、買った年に全額を経費にできるわけではなく、耐用年数にわたって分割して経費にしていきます(減価償却)。ここで返済期間のほうが耐用年数より極端に短いと、帳簿上の経費より現金の支出が先行し、「利益は出ているのに現金がない」という状態になります。
| 機材・設備 | 法定耐用年数の目安 |
|---|---|
| PC(サーバー用以外) | 4年 |
| カメラ・レンズなどの光学機器 | 5年 |
| 照明・音響機器 | 5年 |
| 金属製のデスク・チェア | 15年(木製等は8年) |
| 自社で使うソフトウェア | 5年 |
| 賃借事務所の内装造作 | 賃貸期間や構造に応じて個別に判断 |
PCを4年で使い切る前提なら、返済も4年前後に設定しておくと収支の感覚が合います。逆に、耐用年数の短い機材のために7年の返済を組むと、次の買い替え時期に前の機材の返済が残ります。
なお、青色申告をしている個人事業主なら、30万円未満の機材を購入した年に全額経費にできる特例(少額減価償却資産の特例)を使える場合があります。適用には上限額や年度の要件があるため、購入前に確認しておくと無駄がありません。
もうひとつ。独立時にすべての機材を新品でそろえる必要はありません。今の仕事で毎週使うものは買い、年に数回しか使わない機材はレンタルで回す。この判断ができているだけで、必要な借入額は下がり、審査での説明も筋が通ります。
「収入が不安定」と見られる職種で審査に備える
クリエイターの独立で最大の関門は、審査担当者から見て収入の予測が立てにくいことです。飲食店なら席数と回転率、美容室なら席数と客単価で売上の上限が推定できますが、イラストや映像制作は「単価も件数も人によって違う」ので、担当者は判断材料を持っていません。
だからこそ、判断材料をこちらから渡します。効くのは次の4つです。
- 継続取引の見込み — 独立後も発注が続く制作会社・代理店・直請けクライアントの名前と、月あたりの想定件数。可能なら発注予定の書面やメールを添える
- これまでの実績の記録 — 副業として受けていた案件の入金履歴が通帳に残っていれば、それがそのまま「この単価で受注できる人だ」という証拠になる
- ポートフォリオ — 制作物そのものより、どんな規模の案件を、どんな体制で、どのくらいの期間で納品してきたかが伝わる構成にする
- 貯め方の記録 — 毎月コツコツ積み上がった通帳の残高推移は、返済を続けられる人かどうかの判断材料として見られます
とくに通帳は、金額そのものより「どう貯めたか」が見られます。申込直前にまとまった額が入金されている状態は説明を求められるので、独立を決めた時点から積立の記録を残しておいてください。この準備の進め方はクリエイター独立のための自己資金を効率よく貯める方法にまとめています。
売上の見通しは、多めに書きたくなりますが逆効果です。繁忙月の数字を12ヶ月続ける前提の計画は、まず信用されません。年間を平均した数字で組み、そのうえで閑散月でも返済と生活が回ることを併記する。計画書の各項目の書き方は融資審査に通るクリエイターの創業計画書の書き方で9項目ごとに解説しています。
日本政策金融公庫の新規開業向け融資をどう使うか
独立時の資金調達先として現実的なのは、日本政策金融公庫の新規開業向けの融資と、自治体と信用保証協会を経由する制度融資の2つです。実績のないうちは民間銀行のプロパー融資は難しく、まず公庫を検討することになります。
公庫の創業向け融資は、原則として無担保・無保証人で利用できる点が大きな特徴です。制度は数年おきに見直されており、以前の「新創業融資制度」は現在の「新規開業・スタートアップ支援資金」に整理されました。金利、融資限度額、返済期間の上限は申込時期や条件によって変わるため、最新の内容は日本政策金融公庫の公式サイトで必ず確認してください。女性、若年層、シニア層に向けた金利の優遇が用意されている場合もあります。
申込から着金までは、おおよそ次の流れです。
| 段階 | 内容 | 期間の目安 |
|---|---|---|
| 1. 準備 | 創業計画書の作成、機材の見積書収集、通帳の整理、ポートフォリオの用意 | 2週間〜1ヶ月 |
| 2. 申込 | 支店窓口またはオンラインで申込書類を提出 | 1日 |
| 3. 面談 | 担当者と1時間程度の面談。計画書の内容を口頭で説明する | 申込から1〜2週間後 |
| 4. 審査 | 提出資料と面談内容をもとに審査 | 2〜3週間 |
| 5. 契約・着金 | 契約手続き後に指定口座へ入金 | 決定から1〜2週間 |
準備を含めると2ヶ月前後を見ておくのが安全です。ここで多いのが、退職して収入が途切れてから動き出し、着金までの2ヶ月を貯金で耐えることになるケースです。開業届の提出前でも申込はできるので、退職日が決まった段階で準備を始めてください。
面談は圧迫的なものではなく、計画書の内容を確認する場です。ただし、自分の計画書の数字を自分で説明できないと一気に評価が下がります。売上の根拠、機材の必要性、返済原資の3点は、資料を見ずに話せる状態にしておきましょう。
個人事業のまま借りるか、法人を作ってから借りるか
独立と同時に法人を作るべきか、というご相談もよくいただきます。融資という観点だけで見ると、両者の違いは次のとおりです。
| 項目 | 個人事業(開業届) | 法人 |
|---|---|---|
| 設立コスト | 開業届の提出のみで費用はかからない | 登録免許税などの設立費用がかかる(合同会社より株式会社が高い) |
| 借入の名義 | 事業主個人 | 法人。代表者の連帯保証を求められる場合がある |
| 審査で見られるもの | 経歴・実績・自己資金・生活費を含む返済計画 | 同左に加え、資本金の額と出どころ |
| 事業と個人のお金 | 生活費の引き出しは事業主貸として仕訳する | 役員報酬として毎月定額で支払う(定期同額給与) |
| 独立直後の手間 | 確定申告のみ | 決算・法人税申告・社会保険の手続きが加わる |
公庫の創業向け融資は個人・法人のどちらでも利用できるため、「法人でないと借りられない」ということはありません。実務では、まず個人事業として始め、継続案件が増えて所得が安定してきた段階で法人化を検討する流れをおすすめしています。独立直後から法人にすると、赤字でも発生する法人住民税の均等割や、社会保険料の負担が固定費として乗ってくるためです。
法人化を検討する所得水準の目安や手取りの試算は法人化シミュレーションをご覧ください。
借りたあとに効いてくる、お金の置き場所
融資が実行されると、口座に一度にまとまった金額が入ります。ここで気が大きくなって機材を買い足してしまうのが、独立初年度でいちばん多い失敗です。
まず押さえておきたいのは、借入金は売上ではないということです。会計上は借入金として仕訳し、収益には計上しません。返済のうち元本部分は経費にならず、経費になるのは利息だけです。「返済しているのに利益が減らない」と感じるのはこのためで、利益の額と手元の現金は必ずズレます。
対策はシンプルで、口座を用途で分けることです。融資で入ったお金のうち機材購入分と運転資金分を分けて管理し、毎月の返済額は別枠でよけておく。この置き方だけで、残高を見たときの判断がぶれなくなります。具体的な分け方はクリエイターの口座を使い分けて資金管理をラクにする方法で紹介しています。
返済が始まったあとも、公庫との関係は続きます。返済を遅れずに続けた実績は次の借入の判断材料になるので、事務所の移転や大型機材の入れ替えを考えている人ほど、初回の返済実績を丁寧に積んでおく価値があります。
当事務所のサポート
創業融資は、書類の書き方以上に「数字の整合性」で結果が変わります。機材の見積もり、運転資金の必要額、売上の見通し、返済計画。この4つが一本の線でつながっていれば、実績の少ないクリエイターでも評価されます。逆に、どこか1つでも根拠が説明できないと、金額を削られたり見送りになったりします。
当事務所では、独立資金の見積もりチェック、創業計画書の作成支援、公庫との面談に向けた想定問答の整理、融資実行後の記帳と確定申告まで、独立前の段階から続けてお手伝いしています。「機材にいくらまでかけていいか判断がつかない」「案件の波がある前提で返済計画をどう組むか分からない」といった段階のご相談も歓迎です。
初回相談は30分5,000円からお受けしています。独立の時期が決まっていない段階でも構いませんので、お問い合わせからご連絡ください。
